“今から千年ばかり前の宋の時代に、中国の学者が、今述べたのと同じなりゆきに陥ったことがある。社会正義のための道徳を主張したのはいいのだが、現実に立脚したうえで「物事はこのような順序で、こう進んでいくべきだ」といった考えの道筋をとらなかった。
 逆に、頭でっかちの理論を振りかざし、利益を摑むことを否定してかかったのだ。その結果、人々の元気がなくなり、国家も衰えて弱くなってしまった。ついにはモンゴルに攻め込まれてしまい、内部の混乱も続いて、とうとう元というモンゴル人の王朝をたてられ、統一される羽目となった。宋時代末期におきた、これは悲劇に外ならない。
 このように現実に立脚しない道徳は、国の元気を失わせ、モノの生産力を低くし、最後には国を滅亡させてしまう。だから、社会のためになる道徳といっても、一歩間違えれば国を滅ぼすもとになることを、頭に入れておかなければならない。”

誰かを「愛する」というのは、その人の良いところも悪いところもトータルで見て「いとおしいと思う」ということですよね。その人の良いところばかり見て悪いところは見ない、というのでは、その人のことを「愛する」ことはできませんし、悪いところがあるからイヤだ、と言っていたのでは、誰のことも「愛する」ことはできません。悪いところのない人なんて、おそらくいないのですから。

自分に対しても同じなのだと思います。私は良いところがこれだけあって、でも悪いところもある。悪いところは直そうとがんばっているけれどなかなか直せない、でも、そんな自分を「私はこういう良いところと悪いところがあって、がんばってるけど失敗もしちゃう、でも毎日一生懸命生きてるよ」と、自分の存在を認めてやることが、大事なのだと思います。

“それは吉本隆明さんという方が
ある犯罪に際して話された言葉なんですね。
日本で15年くらい前、
ひとりの子どもが殺されて、首を切りとられ、
その首だけが学校の門の前に置いてあったという
事件がありました(神戸連続児童殺傷事件)。
そしてその事件は当時、
非常に猟奇的でスキャンダラスなニュースとして、
毎日、報道されていたんです。

でもその先生は、
メディアがその事件について
「人間のやることじゃない」
「犯人は常軌を逸している。信じられない」
といった論調で騒いでたときに、
「いや、犯人が特別というのは、違うんだ。
 人間にはもともと歴史的に
 そういうことをしていた時代もあるんだから」
ということを言ったんです。
人間がやってきた歴史の中には
たとえば日本でも、武士が手柄のために
相手の首をさらしていた時代もある。
だから、その事件についても
「スキャンダラスな事件としてではなく、
 『人間がやりうること』として捉えています」
と、おっしゃったんですね。

それでぼくは、その言葉を聞いたとき、
自分がいかに、
いまの時代、いまいる場所の考え方に
とらわれているかについて
反省したんです。”
“当時、多くの人間がヒトラーに協力した。なぜなら、彼のことを素晴らしいと思ったからだ。国民は気の狂った男など選ばない。魅力のある、あるいは、素晴らしいと思った人間を選ぶのだ。だが誰もその事実を認めたくなかった。だからメディアはヒトラーを、恐怖政治で国民を支配した怪物や、あるいは、陰ではあざ笑われていた道化師に仕立て上げた。そしてこう思おうとしている。「今の私たちは利口だから、怪物や道化師に付いていくことなど絶対にない」と。だがそうではない。当時の人々も、今の我々と同じだけ利口だった。”

974:名無しさん@12周年 2011/07/22 06:30:17 P8gJzYVA0
(o’ω’)y-~在日教師が居た大阪 豊中市立寺○小学校でほんとうにあったこわいはなし

・国語の時間はハングル授業(当然大問題になりました)
・自虐史観授業ばっかり
・授業数が足りず、夏休み返上で国語の授業
・式典にはチマチョゴリで出席
・その教師に遠慮して国旗の掲揚は自粛
・同和教育指定校に指名される
・自衛隊、警察の子供は人殺し扱い。教師なのに生徒に様々な蔑称を使う

↑のようなことがあったので父兄ブチ切れ!

教育委員会にも訴えたが無視される(当時は社会党全盛期)↓
在日教師追放運動始まる。生徒を学校に出席させないようボイコットも

今だ教育委員会は無視

父兄が文部省に陳情!ここで初めて学校側が動きだす

在日教師が辞表をだす。校長も辞表。これで事が収束にむかうと思われたが・・・

■グリコ森永事件発生! 寺○小学校の校庭に毒入りチョコレートが撒かれる

ほかにも、近くの店も子供が買いそうなお菓子に毒入りお菓子が発見

父兄:余りにも寺○小学校周辺が集中してるので、韓国人の報復と噂される。

(尚、ウェブ上でも、寺○で起こった毒入りお菓子事件は何処も載ってない

 「抗日戦争の時、日本を利用して(蒋介石の)民国政府を打倒し、経済開放の際には日本を利用して経済を活性化させ、現在は日本を利用して愛国主義や民族主義を展開し、人民の忠君感情を高めている」

 「一魚三吃」(1匹の魚で3回食べる)と題した著名な中国人知識人・呉祚来氏の発言がインターネットで転送され、話題となっている。

zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20140716-00010001-wedge-cn&p=1 (via kotoripiyopiyo)

そして、プレゼンテーションと質疑応答が終わり、
最後に、
「イギリスでは、こんな歴史教育もしているそうです。
アメリカのトルーマン大統領は、第二次大戦末、
日本に対して、『する』決断と、『しない』決断をした。
それはなんだと思いますか?」

もちろん『する』は、日本に原爆を落とす、だ。
『しない』については、学生たちも正解を出せない。

「『しない』は、『日本に原爆を落とすという通告をしないで落とす』です」

通告をすれば、さすがの日本も事前にギブアップするだろう。
そうすれば、広島長崎の悲劇は避けられただろう。

「あなたはこのアメリカ大統領の判断を、どう評価しますか、
と中学生たちに問いを出すそうです」

曾祖父さんからの4代目。
話術はもはやお家芸かと思えるくらい。
歌舞伎の世界に通じるものもあるんだろう。

“1950年にGHQは日本占領を終結し、解放し、
実質的に戦後は終わったとされています。

http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-748.html
その際に朝鮮人は日本籍を剥奪され、韓国籍として朝鮮に帰れと命令しました。
不要の朝鮮学校と民団総連も廃止し解散請求しました。

すると在日朝鮮人は、なにを履き違えたか
「我々は先勝国民であり日本を統治する立場だ」と叫びだし、
革命を叫んで、公共施設の不法占拠し火炎瓶や武器で武装して決起したのです。

警察も拳銃で対抗し射殺された人もでました
警察では対処できなくなり、GHQは軍隊の動員をして
戦後初の戒厳令を敷いて朝鮮人による暴動を平定しました。

この戦後初の戒厳令が敷かれた朝鮮人動乱(正式名がない)事件は、
日本の歴史からスッポリ抜けています。

死人も出ている事件なのに、日本の教科書には掲載されたことはありません。
(日本各地で勃発しました、栃木や浅草などは戦場状態です)

逆に朝鮮民族学校の教科書には差別と弾圧として掲載され教育されています。
勿論、被害者側としてであり、立ち上がったのは国籍条項と
朝鮮民族学校の廃校に対する抗議としてであると述べています。

日本人として、在日朝鮮人への危機感は常に持つべきですね。